2015/04/07

作家視点で読む『四畳半神話大系』


結論から言うと、面白い作品です。

数年前、自分が通っていた大学購買の本のコーナーにてよく見かけました。そのときはあえて無視をしていました。「どうせ大学の勧める本なんぞ」とバカにして。そして今、ふと今作を思いだしたので、読むことにしました。

今作が流行ったのは数年前。巷にはすでにあらゆる感想と考察が溢れています。いまさら自分が語ることは少ないでしょう。けど言いたいことは言いたいのよん。自分も小説家を目指す端くれなので、その視点から感想を述べます。


作家視点では、注目するべき点が3つありました。
 1.ひねくれ式一人称
 2.小津から学ぶ技術
 3.組み立てのうまい構造


1.ひねくれ式一人称

今作の文体はひねくれ式一人称です。

主人公かつ語り手の〈私〉が、自らの自堕落な生活を語っていきます。豊富な語彙を自虐的かつ文学的にやりくりし〈ひねくれた大学生〉の雰囲気をうまいこと表現してみせています。

この手法そのものは特筆することではありません。この手のひねくれ式一人称は、ライトノベルなどでも、ちらほら見かけます。語り手が斜に構えた文章を紡げば、同じように斜に構えた読者から共感を引き起こせるって寸法。

私はこの度、ひねくれ式一人称をあらためて体験したわけです。そこで感じました。「この文体は一見書きやすそうだけど、難しいんだよなあ」

この文体、あたかも語り手(を通して作者)の素があけっぴろげになっている感があります。だから書きやすそう。実際、挑戦してみると書きやすい。けどこれで本一冊を仕上げろというと……難易度は一気に跳ね上がります。

語彙という壁が立ちはだかる。もちろんどんな文体だろうと、語彙はいつだって大きな壁です。しかしこの文体では、語彙はそりゃもう地獄の門番のような様相をていしてきます。

この文体は素な気分で書けるだけに、ついつい言葉が貧相になりがちなんですね。書いていれば自分ですぐ気付くでしょう。そこで修正をかけようと、脳からむりくり語彙を引き出しにかかる。するとどうなるか?無理やりさが抜けきれないヘンテコ文章のできあがり。

なら語彙は抑え目でいーじゃんと思うでしょう。ひねくれ感を出すためには、何が何でも語彙が不可欠です。背伸びした雰囲気、学者じみた空気、オタクっぽさ、そういった諸々の質感を発揮するためには、語彙は無視できません。

今作を読んで、まず感じたのはそんなところ。生意気な文体をしていますけど、だからこそ技巧がちりばめられているんだなあと思ったわけです。おかげで、語彙の勉強をしておこうと決意したしだい。


2.小津から学ぶ技術

主人公ではないけど、今作でいちばん活躍する小津について。

小津というキャラクター自体が底抜けに面白いですね。しかし一番に驚かされたのは、小津の魅せ方です。

小津は普通の人間ながら作中ではほとんど超人といってよい活躍をします。息をするように多重に悪事を働く様はハッキリいって非現実的です。しかし読んでいるときにはひと欠片もそう感じませんでした。

序盤だと小津は〈ずるがしこい男〉という印象に過ぎません。そこから次第にジェームズボンドも真っ青な聡明さが浮き彫りになっていく。だ け ど……

私(読者)的には、〈ずるがしこい男〉のイメージが残ったままです。小津の敏腕を次々と目の当たりにしてなお、その小物感は消えません。おかげで非現実さに気付けない。序盤のイメージですっかり盲目にさせられたわけです。

ようするに小津の魅せ方とは、作者による印象操作の妙技のこと。小津というキャラクターの非現実感を、みごとに隠し通してみせた。頭が下がるばっかりです。

考えてみると、どんな小説にも見え隠れする当たり前の技術ですね。けど、その鮮やかさと分かりやすさは、かなりのもの。とても参考になります。これに気付けただけでも、今作を読んでよかったと感じられました。


3.組み立てのうまい構造

今作の物語は一風かわった構造をしています。

全4章でまとめ上げられた今作。それらは連続した物語ではありません。〈私〉の「大学入学時から3回生までの日々」を4回も繰り返している。いわゆる並行世界モノと呼ばれる構造ですね。

恐らくこういった構造、作家や作家を目指している人なら一度は考えたことがあるはず。けど実行に移さなかったのでは?もし実行して物語が作られたらどうなるか、その答えの一つが今作といえます。

主人公の繰り返される日々は、世界が違えど、たくさんの共通点がある。例えば、主人公はどの世界でも必ず小津と出会うことになるし、ヒロインの明石さんと結ばれる。これら共通点はいわばレゴブロック。小物語としてあらかじめ用意され、章ごとで組み立て方を変えていけば、できあがり。

なるほどー並行世界モノってこう作ればいいのかー、と膝をうつ出来栄え。並行世界モノの表現方法は他にたくさんありますが、やはり手際の鮮やかさという点で今作は1、2を争うかと。

いざ自分で並行世界モノを作るときの参考になります。またこれは〈共通点を組み立て変えて複数の物語を生み出す〉なので、他の作品にも応用できるでしょう。


まとめ

もういちど、作家視点で注目するべき3点を列挙。
 1.ひねくれ式一人称
 2.小津の魅せ方
 3.組み立てのうまい構造

今作は実験的な風情の小説です。並行世界の物語が連続するため、章ごとでまったく同じ文章が繰り返されることが多々。同じ文章を何度も押しつけられるのはダレも止む無し。エンターテイメントとしては、褒められたものではありません。

しかし作家の教材としては申し分ありません。小説に大事な技法が詰まっていて、しかもそれが分かりやすいときている。自分が学べただけでも上の3点がありますからね。人によっては、もっと様々なことを教えてもらえるでしょう。

小説を書いている人でまだ今作を読んでいない人。読んでみてください。もしスランプしているなら、それが解消されるかもね。

ではさようなら。

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