2014/04/08

ラヴクラフト探訪『宇宙からの色』

 原題"The Colour Out of Space" (Colourはスペルミスではない)
 邦題『宇宙からの色』
和訳版についての感想と紹介。

 左:今作が収録された『ラヴクラフト全集4』
右:Amazing Stories掲載時の挿絵(らしい)



ハワード・フィリップス・ラヴラフト(以降HPLと呼ぶ)。本の虫なら一度は耳にしたことがあるでしょうこの作家。様々な怪奇小説を世に送り出してきました。さらにクトゥルフ神話の創設者(厳密には違うけど)としても有名。むしろ、そっちの話題によって彼を知った人のほうが多いでしょう。なにせ私もその手合いです。

まず、HPLの作風をざっくり説明します。彼はもっぱらホラーを好み、普通のホラーに比べて恐怖の描き方、気味悪さなどにこだわりすぎる節があります。良くいえば恐怖を追求、悪くいえば他に目を惹かれるところがない。

あなたが『世にも奇妙な物語』のようなトンチが効いたストーリーを求めていたり、雪女などの昔話に代表される、恐怖がありつつ哀しさを感じさせるようなストーリーを求めているなら、HPLを読むと落胆するでしょう。

また、その文章となると、手放しに褒められるものではありません。彼の文章はむずかしい単語や言い回しが多用されており、異様な堅苦しさをもちます。しかもその調子が永遠と続くものだから、読むのが苦痛になっていくことも珍しくない。

もし「小説はできるかぎり難解であるべきだ。それでこそ読み応えがある」と主張してゆずらない知り合いがいたら、HPL作品をたっぷり読ませてあげましょう。知り合いは自分の主張が間違いだったと、気付いてくれるはずです。少なくとも、私は、気付かされました。ありがとうHPL。

本題に入ります。

まず題名が目をひきます。「宇宙からの……色? どういう意味?」宇宙から色がやってくるのでしょうが、そもそも色は、やってくるような代物ではない。普通の人間からすれば、色は物の性質(ルール)に過ぎないわけで、動き回ったり、ましてや宇宙から降ってくることもありえない。題名の時点で、奇妙な印象をうけます。

物語は舞台の説明からはじまっていきます。HPL作品ではおなじみアーカムという土地の、とある田舎の農場。語り手たる主人公によると、土地は新しい貯水池として水の底に沈む予定らしいです。主人公は土地の調査のためにやってきて、土地の不気味な雰囲気についてあますことなく語ります。説明のため例に挙げられるのはサルヴァトール・ローザ。イタリアの風景画家です。

 (余談。現実の、そして比較的現代を舞台にした作品は、大きな利点がありますね。実在する芸術家の作品を例にあげることで、読者の想像をたやすく操作できる。オリジナル世界を舞台にした作品ではこうはいきません)

ローザの作品 荒涼として陰鬱とした自然が魅力的

語り手はここで農場のおおざっぱな様子を語り、そこにある井戸にほんの少し注目します。実はこの井戸が今作の重要な要素であり、その後も幾度となく話に出てきます。いうなれば今作の悪役筆頭ですね。ストーリーが本格的に語られる前から悪役についてほのめかしておく、これは大事なことです。

さて、HPL経験者なら、ここら辺でもう気付くでしょう。この作品はどうやら、他のHPL作品に比べると読みやすいということに……あくまで「他のHPL作品に比べると」ですが。和訳の影響もあるかもしれません。HPL経験者としては、嬉しいような、さみしいような、ともかくページが進みやすいのはよいことです。

 なぜ農場が不気味な雰囲気をもっているのか、主人公は気になります。そのことを知っているらしき、農場の近所に住む老人アミ・ピアースから話を聞きます。過去に起きた凄惨な出来事を聞いてしまいます。

主人公はアミから聞いた話に怯え、土地の調査という仕事をおりると決意。こんな風に、物語が始まる前から主人公の決意が語られるのは、HPL作品の基本とさえいえます。つまり「そのくらいヤバいことが起きたんだぜ」と読者に教えるわけですね。ちょっとわざとらしい。

アミから聞いた真実を主人公が語っていくことで、ストーリーは進行していきます。

農場には元々はネイハム・ガードナー家が暮らしていました。夫ネイハム、妻ナビー、三人息子タデウス、マーウィン、ジナス、計5人の家族。その家の井戸に、複数の隕石が降ってきたことが全ての発端です。

隕石のうち一つはすぐさま大学に持ち込まれ、様々な科学的調査がされました。素人には分からない用語や手法が連発されます。強いて注目するとしたらウィッドマンスターテン値(ウィドマンシュテッテン値とも)という用語でしょうか。これは隕石にみられる特有の構造で、井戸に降ってきた隕石にもほんの少しその値が認められた。要するに、地球外の物質である可能性が高いことを、客観的に示したわけです。

「地球外の隕石? あーエイリアンみたいなのが入ってたわけね」

真っ先にそんな想像が浮かびますが、これは違っていました。隕石を割ってみると、中には形容しがたい色を放つ球体があるだけで、他にはなにもない。その球体もシャボン玉のように割れてしまい、跡かたもなくなる。この時点では、どんな脅威もありません。隕石は不思議な色を放ったり、他にも様々な特徴を示しますが、データがまったく得られないため、人々は興味を失っていきます。

ネイハム家に異変が表れはじめたのはここからです。ひたすらネイハム家をむしばむ異変について描写されていくわけです。さて、こうした場面の分かりやすい変化はHPL作品には珍しい。ストーリーの盛り上がりが目に見えるので読む気力が増しますね。

異変は様々な形で現れます。ネイハム家が育てていた作物が異常な成長をし、味は信じられないほどマズくなる。周辺の動物は身体能力が異常化、見た目も奇形に。昆虫とて例外ではありません。極めつけに異常化したものたちは、みな特定の色で発光するようになる。その色は、隕石を割った際に中にみられた球体にそっくりではありませんか。異常化の描写は、それなりに不気味です。

この異変によって、ネイハム家は周囲から奇異な目で見られ、孤立していきます。頼りになるのは親友のアミだけになってしまい、精神的な苦痛は相当なものでしょう。そのうえ周囲を襲っていた異変はネイハム家自身にも及んでいきます。

はじめに影響を受けたのは妻ナビーで、幻覚に囚われるようになりました。見た目は醜く変化し、喋らなくなってしまい、なんと四つん這いで歩きはじめる。恐るべきことに、狂った草花や動物と同じ、謎の色も放ちはじめる。妻の変化についてはそれほど詳しい描写はされませんが、それがむしろグロテスクな想像力を煽り、不気味のるつぼに誘ってきます。

 妻ナビーは屋根裏部屋に閉じ込められてしまいました。一件落着? そんなわけがありません。ネイハム家はたび重なる異変で感覚が麻痺してしまい、細かい異変に気付けなくなっていました。なので、井戸水がおかしくなっていることに気付いたのは親友のアミでした。アミは井戸水を飲んではいけないと忠告しましたが、ネイハムは無視します。あー、妻のみならず家族全員の悲劇を予感せずにはいられなくなりますね。

彼らに救いはあるのか? いえ、ありませんでした。次々に死が襲いかかっていきます。家畜が死に、息子タデウスが死に、マーウィンとジナスは行方不明になり、妻ナビーも死に、最後にはネイハムも。その死に方はいずれも、あまりに気味悪い最後でした。

特に妻ナビーの死については陰惨。例によって詳しく語られませんが、もはや人間と思えない姿になっていたようです。それを目撃したのはアミでした。そしてアミは全てが手遅れになっていることを悟り、殺めることで楽にさせてあげたのです。

こういうやり方は、後味の悪さを残すものです。ところが今作は妻を襲う異変の描写と、そこから湧きおこる想像が凄まじすぎて、殺すことのみが最良に思えてきます。そのくらい、嫌悪感に満ちあふれた描写がされるわけです。私が今作に魅了されている理由の一つが、この容赦ない嫌悪感の描写です。あやふやに描写されますが、だからこそ細部まで思い描いてしまう。それはそれは醜く変わり果てた、ナビーの姿を……。

アミはもはや自分の手に負えなくなったので、警察に相談しました。警察や検死官など含めた計7人で、ネイハム家を調査します。奇怪な死に方をした家族の死体は、謎の色を放っていましたが、一カ月もすれば消えてしまい、アルカリホスファターゼと炭酸塩が確認できるだけに。

アルカリホスファターゼ、舌をかみそうな名前です。これは人間の全身に分布している酵素の一種です。何が言いたいかというと、奇怪な死に方をして死体とさえ思えない存在に成り果ててしまった家族も、科学的には"人間だった"ことが証明されたわけです。……HPLは今作では、科学的・客観的な面での整合性を大事にしていたようです。

7人はさらにネイハム家の調査をかさね、夜を迎えます。家の窓から井戸や庭が見える。7人は気付きます。周囲の土地が発光しはじめていることに。あの謎の色です。

ここら辺が今作のピークと言ってよいでしょう。ようやくネイハム家と農場を苦しめていた悪夢の正体が、分かろうとしているのですから。既に記したとおり、HPL作品にしてはストーリーの盛り上がり方が分かりやすい構成となっています。ここまで読んだ方なら、もう読む手を止められなくなっているはず。

周辺は謎の色に満ち、発光。井戸も、土地も、木も、何もかも。そう、実は農場すべてが隕石がもたらしたものによって浸食されていたわけです。文章ではその例えとして「セント・エルモの火」「聖霊降臨節」という言葉を用いています。

セント・エルモの火は、船舶のマストなどの先端が発光する現象であり、先端放電という科学的に証明された現象でもあります。聖霊降臨節(ペンテコステとも)は、新約聖書のエピソードの一つ。イエスの復活・昇天後、集う信徒たちの上に聖霊(炎のような舌)が降ったという出来事。今作は邪悪な何かが降ってきたはずですが、あえて聖霊降臨節を例にあげるとはHPLも意地が悪いですね。

7人はこれ以上家にいるのは危険だと判断し、夜の闇の中へ逃げだします。そして充分に離れたところで、あらためて農場を眺めて、凄まじい色と光の様子に魅入ります。ここではフューセリ(ヨハン・ハインリヒ・フューセリ)の絵を例えに出しています。フューセリはドイツ画家。

セント・エルモの火の例 これが場面のイメージと近いかな

 聖霊降臨節を描いた絵

 フューセリの作品 薄暗く幻想的な絵が多い

土地から色が寄り集まり、塊となって空へ飛び出していく様子を7人は見届けます。それぞれに、この恐るべきことを口外しないと約束しあう。色が飛び去ったいま、農場はすっかり暗闇に閉ざされてしまいました。しかしアミだけは見たのです。暗闇にうごめく不定の存在を。それが事件の象徴ともいえる井戸へもぐりこんでいったのを。

脅威は去っていない。ネイハム家、作物、家畜を地獄へ導いた何かは、事件が終わったあとも、語り手が調査のために農場を訪れたときも、存在し続けている。語り手がさいしょに井戸に注目したのは偶然ではなかった。ほとんどの人間は無視しているが、いまだに小さな異変も見かけられる。だからこそ語り手は仕事をおりることに決めた。

そして語り手はこう考えるのです。土地が貯水池として水の底に沈むのはありがたいことだが、私はその貯水池の水を決して口にしないだろう。

結局、作中では隕石がもたらしたものについて断片的にしか説明されません。謎の色は、色という特徴と、それがもつ凶悪な性質以外は示されません。生き物なのか、 寄生虫なのか、病原菌なのか、さらにいえば幽霊なのかさえ、読者は想像することでしか答えを得られません。しかし一つだけハッキリしているのは、その想像が決して心地よいものではないということ。だって幾度となく、その色がもたらした恐怖が描写されたわけですから。



結論。
私は今作がHPL作品の中でも一二を争うほど大好きです。理由は3つ。
 1.HPL作品の中では比較的読みやすい
 2.HPL作品にしてはストーリーが順を追って盛り上がっていく
 3. 生理的嫌悪を催す恐怖の描写がすばらしい
特に生理的嫌悪については推し。ネイハム家がどんな風に追い詰められていくか、ぜひとも、いまこれを読んでいるあなたにも味わってほしい。しかも読みやすさという点でHPL作品入門にもってこいです。

また一口に怪奇小説といいながら、幽霊が出てこなければサイコパスも出てこない。まったく未知の恐怖がどういうものか、これを知るのにも適しています。この作品にはHPLの代名詞と言えるクトゥルフこそ出てきませんが、 クトゥルフ以上の狂気をもたらしてくれることでしょう。

読みたい人は『ラヴクラフト全集4』を購入してね。

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